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Knotty Girl

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ドレッドの歴史

 ドレッドロックスの最も古い最初の実例は古代エジプト王朝にまでさかのぼる。当時のエジプトの王族や平民は髪型をドレッドロックスにしたり、またはそのようなかつらを身に付けていた事がレリーフ、彫像、およびその他の遺物によって明らかになっている。ドレッドロックスのかつらは、ミイラ化したドレッドロックスの古代エジプト人の遺体と同じくらい考古学の遺跡から出土・復元されている。

 ヴェーダ(Veda)の文書群には、書物としては最も古いドレッドロックスの証拠となる記述がある。これらの起源は、紀元前2500年ごろから紀元前1500年ごろではないかとされているが、正確な年代は不明であり、今だ議論が続いている。ヴェーダの最高神シヴァと その信奉者はヴェーダの文書の中で「jaTaa」として記述されており、この言葉の意味する所は「頭髪を寄り合わせた房にする」という事である。この言葉 はおそらくドラビダ語の単語「caTai」、「より合わせる」もしくは「巻き付ける」といった意味の単語を由来としているとされている。ヴェーダはヒンドゥー教の聖典であり、仏教やジャイナ教に多大な影響を与え、またケルト人の宗教、社会、民間伝承にも影響を与えた。古代ローマ時代の記述によると、「まるで蛇のような髪型」とケルト人のドレッドロックスについて記載されている。

 ゲルマン民族、バイキング、ギリシャ人、太平洋の種族、ナガ族、そして少数の修行集団から様々なメジャーな宗教が当時、髪をドレッドロックスにしていた。さらに、ユダヤ教のナジル人、ヒンドゥー教の聖者、イスラム教のデルビッシュ、キリスト教のコプト正教会の修道士、その他もそうであった。また最初期のキリスト教徒もこのような髪型であった可能性がある。中でも特筆すべきはイエスの兄弟でありエルサレム初のビショップでもあるヤコブの記述で、彼のドレッドロックスは踝まで届くほどであったという。

 ドレッドロックスはメキシコの文化の一部にもまた存在する。アステカにおけるしきたりの記述の中で、歴史家のウィリアム・ヒックリング・プレスコットは14世紀、15世紀、そして16世紀メソアメリカのアステカ文明のドレッドロックスの神官について言及している。

「On the summit he was received by six priests, whose long and matted locks flowed disorderly over their sable robes, covered with hieroglyphic scrolls of mystic import. They led him to the sacrificial stone, a huge block of jasper, with its upper surface somewhat convex.」
「黒い毛皮のローブの上に、長くそして絡まり合った髪の房を乱雑に垂れ下げた男が、不可解な象形文字に覆われた巻物を運び、頂上で6人の神官に迎えられた。神官たちは、幾分高くなり、巨大な碧玉で出来た生け贄の祭壇へと彼を導いた。」

(ウィリアム・H・プレスコット『History of the Conquest of Mexico』)

 セネガルで は、Shaykh Aamadu Bamba Mbakkeによって1887年に「Baya Fall」が創設されたが、Mouride運動の信奉者でありイスラム教の土着の一宗派である「Baya Fall」は、何色もの色彩の服を着て、ドレッドロックスを伸ばしている事で有名である。Baye Fallの学校である「Mouride Brotherhood」を創立したCheikh Ibra Fallは、自分こそが「西アフリカで初めてのドレッドロックス」であると主張している。

 ジャマイカで の最初の記録は1950年代のもので、ドレッドロックスという単語は「黒人の若者の信仰」、つまり社会から取り残されたジャマイカの貧困層の間で1930 年代頃から広がり始めていたラスタファリ・ムーブメントを見下すための蔑称であったという記録がある。ラスタファリアンはエチオピアの皇帝ハイレ・セラシエ1世と 同じ髪型にするのをやめ、その代わりに髪型をドレッドロックスにしたのである。そしてこの髪の房がその見た目から「dreadful」(恐ろしい、こわ い)と呼ばれ、古来よりの伝統ある髪型の現代の名称「ドレッドロックス」の語源となったのである。また「ラスタロックス」の起源について、異なる説も存在 する。複数のソースによると、19世紀後半に労働者としてジャマイカにやって来たインディアンの中の、レナード・ハウエルの最初の信奉者たちの間でラスタロックスがなされていたという痕跡がある。また他にも、最初のラスタ・ドレッドロックスは、1940年代のケニアで英国の植民地主義に対して、大規模なキクユ族による民族主義的な抵抗運動をしたマウマウ団(「マウマウ」とはキクユ語で「外、外!」という意味)の「dreaded locks」に由来するとも信じられている。

一方、多くのラスタファリアンは、ラスタロックスは、モーセ五書の四番目の書物『民数記』の中の、ナジル人の三つの誓いの内の一つに由来すると説明している。

「All the days of the vow of his separation there shall no razor come upon his head: until the days be fulfilled, in the which he separateth himself unto the LORD, he shall be holy, and shall let the locks of the hair of his head grow.」
「ナジル人でいる間は、頭上に剃刀を使ってはならず、自らの主に使えている間は、彼は聖なる存在であり、頭の毛髪を伸ばし続けなければならない。」

(民数記 6:5、KJV)

聖書の中において言及されるサムエル、洗礼者ヨハネ、そしておそらくは聖書の記述の中でも最も有名であるソムソン達を含むナジル人の人生は、七本の房があり、そしてその頭髪を切られると、自らの持つ大きな力を失うという共通点がある。

(Wikipedia contributors, "ドレッドロックス," Wikipedia, )